この絶景、じつは一晩で生まれたんです。上高地・大正池の意外な話

出来事:1915年6月6日の焼岳噴火と現在の大正池 | 長野県・松本市(上高地)
掲載:2026年10月21日 | 更新・出典確認:2026年10月23日 | 過去の実話・景観

穂高連峰を背景に、水辺に立ち枯れの木が立つ上高地・大正池
2009年9月20日、長野県松本市上高地・大正池を作者が直接撮影。穂高連峰と立ち枯れの木が写る。1915年の大正池形成当日を写した写真ではありません。
写真:663highland / Kamikochi Taisho-ike04n3200.jpg / CC BY-SA 3.0 / 原典。1280pxへ縮小、向きを正規化し、EXIFを含むメタデータを除去。色調変更・追加トリミング・文字の焼き込みなし。

この池、じつは火山の噴火でできたんです。

長野県・上高地にある大正池。晴れた日には、穂高連峰の山並みが水面にも映ります。山を見上げて、池に目を戻すと、そこにも山がある。そんな景色が見られる場所です。

ところが、いまから111年前、ここに大正池はありませんでした。

しかも、いま見られる景色には、池が生まれたあとにも続きがあるんです。

いつ、どうやって池になった?

1915年6月6日、上高地の焼岳が噴火しました。流れ出た泥などが梓川をふさぎ、水がたまって大正池が生まれました。

一夜にして池ができ、もともとあった森は水の中へ。大正池の風景で知られる、あの立ち枯れの木々につながっています。

晴れた日には山を映し、雨上がりの早朝には霧が出ることもあります。水面から立つ木々が、霧の中に見え隠れする。同じ池でも、天気や時間で表情が変わります。

自然の池に、なぜ浚渫が必要?

大正池には、川の上流や山から土砂が流れ込みます。そのままたまり続けると、いずれ池が埋まってしまう心配があります。

そこで行われているのが、池にたまった土砂を取り除く作業。「浚渫(しゅんせつ)」と呼ばれています。上高地公式サイトでは、景色を次の世代へ残すため、11月にこの作業が行われると紹介しています。

工事を担う小石興業によると、取り除く土砂は毎年、ダンプトラック約3,000台分。1977年から続けてきた仕事です。大正池は、水力発電所の調整池としても使われています。土砂を取り除く浚渫は、その役割と景観を保つために続けられている仕事です。

「大正池バス停」と「バスターミナル」は別の場所

上高地公式サイトの目安では、大正池バス停から池へは徒歩約1分。一方、上高地バスターミナルからは徒歩約75分です。「上高地で降りればすぐ」と一括りにせず、降りるバス停を確かめると、歩く距離を考えやすくなります。

2026年は11月15日に閉山式が予定されています。宿泊施設の営業終了日は一律ではありません。訪ねる日の交通・歩道・施設の案内は、上高地公式サイトで最新情報をご確認ください。

元記事・発表

解説更新:2026年10月27日。掲載時の冒頭文・写真はそのままに、説明を見直しました。

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