ぎざぎざの屋根は、織物の色を見るため。

出来事:2026年10月9日〜11月29日の端切れしおりラリー(10月22日更新)をきっかけに、工場の採光と織機の居場所を解説 | 群馬県桐生市
掲載・出典確認:2026年10月26日 | 工芸

桐生市の旧曽我織物工場に残る鋸屋根
2019-03-092019年3月9日撮影の旧曽我織物工場。本文で紹介する後藤織物とは別建物で、2026年秋の催しの写真ではありません。
写真:Suikotei / Kyu Soga Textile Factory 03.jpg / CC BY-SA 4.0 / 原典。1280px以内のJPEGへ縮小。EXIF、XMP、GPSを除去。色調変更・追加トリミング・文字の焼き込みなし。

群馬県桐生市に残る、鋸の刃のような屋根。あのぎざぎざには、織物をつくる仕事の都合がありました。北や北西を向く窓から、安定した明るさの光を取り込むための形です。布の細かな柄や色を確かめるには、仕事場を照らす光も大切でした。2026年秋、桐生市では織物の端切れを集め、しおりにする催しが続いています。小さな布と町の大きな屋根を改めて一緒に見比べると、織物の産地を、出来上がった完成品とは別の入り口からたどれます。

明るさと、織機の居場所

桐生市の歴史的風致維持向上計画は、電力がまだ十分に安定していなかった時代、鋸屋根の窓が工場内の明るさを支えたと説明しています。北向きの採光は、織り上がった布の色柄を確認する仕事にも役立ちました。屋根の形は、外から目立つだけでなく、内側の仕事に合わせたものだったのです。

工場には、模様を織るジャカード装置を付けた織機を置く高さや、柱の少ない広い空間も必要でした。群馬県が紹介する後藤織物には、鋸屋根の工場と蔵が残っています。写真は別の建物である旧曽我織物工場。似た屋根の下にも、それぞれの仕事場の歴史があります。

端切れを持って、町をたどる

桐生市のしおりづくりラリーは、2026年10月9日から11月29日までの案内です。対象の8施設を巡って織物の端切れを集め、切り抜きのある台紙に挟んでしおりを作ります。図柄の一つには鋸屋根もあります。

布の余りが、町の形を描く材料になる。織機の音が聞こえなくても、屋根を見上げ、布の細かな模様を見ることで、そこで続いてきた仕事へ目を向けられます。なお、市の案内では記念品の配布は10月21日に終了しています。

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糸や布から模様が生まれる仕事をたどります。

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