常滑焼は、器だけでなく土管も焼いてきました。

出来事:2026年10月3・4日の第60回常滑焼まつりをきっかけに、食卓の外の焼き物を解説 | 愛知県常滑市
掲載・出典確認:2026年10月26日 | 工芸

常滑の道沿いに並ぶ焼き物の土管
2020-092020年9月、常滑で撮影された土管のある道。2026年の常滑焼まつりの写真ではありません。
写真:Asturio Cantabrio / Tokoname landscape ac (2.jpg / CC BY-SA 4.0 / 原典。1280px以内のJPEGへ縮小。EXIF、XMP、GPSを除去。色調変更・追加トリミング・文字の焼き込みなし。

常滑の焼き物は、急須や植木鉢だけではありません。かつては水を運ぶ土管も、町の窯で焼かれました。食卓で湯を注ぐ急須と、地面の下で水を通す管は大きさも見える場所も違います。でもどちらも、粘土を成形して焼き、その内側に流れをつくる道具です。2026年10月3日と4日には第60回常滑焼まつりが開かれ、茶器を使う企画も行われました。器を手に持つ前に、水の道具だった面をたどります。町を歩く道のそばにも、焼き物が残っています。

焼いた土の内側を使う

常滑では、焼成した土管が町の景観にも残ります。急須は少量の湯を注ぎ、土管は暮らしの水を運びました。用途は違っても、焼いた土の内側を通り道にする点では近い仕事です。常滑市の文化財解説は、19世紀の陶工が、硬く焼き締まる土管の量産に成功した歩みを伝えています。日用品の器をつくる技術は、建物や町を支える製品にも広がりました。

市の景観計画も、レンガの煙突や黒板塀の工場とともに、焼き物を使った擁壁を、この地区の景観資源に挙げています。土管は地面の下だけでなく、道の脇でも目に入る材料になっています。

使う場で選ぶ器

常滑焼まつりの公式案内は、茶器を使う企画や、器に料理を盛る企画を紹介しました。器は棚に置かれた物ではなく、お茶や食事の手元で役目を持ちます。写真は、2020年9月に常滑で撮影された土管のある道です。今年のまつりの様子ではありません。道の脇の大きな管と、手のひらに載る茶器。産地の案内をたどると、食卓の外にも、焼き物が使われてきた場所を見つけられます。

元記事・発表

この記事の訂正・権利に関するお問い合わせ

もう一つ、世界の話を。

土が器や道具に変わるまでを、もう一つ。

リクエスト

紹介してほしいニュースや、記事の訂正・お問い合わせをお送りください。内容は公開されません。

返信が必要な場合に入力してください。

送信内容は運営者が確認し、対応のためにCloudflareに保存します。個人情報の取り扱い